Telescope
歯車っていうのは数が増えればさらに複雑に動く。
それを人生と重ねてみると人生とは出会いの数だけ、思いが募れば募るだけ心の歯車は複雑な動きをしていく。
ねえ、君は僕の人生の歯車をこれでもかという程動かしているって、知っていますか?
ときどき歯車同士が軋みあって、もどかしいくらいに動きが悪くなる時もあって
まるであの時の出来事は夢にすぎなかったんじゃないかと思ってしまうんです。
ドールの衣装になる布を購入するため、紅司にお店の方を頼み単身色々な所へ足を運んでいた。
帰る頃には抱え切れないほどの布を必死になって抱えていたが
随分と遅くなってしまったのだろう。お店の前で紅司が僕の帰りを待っていた。
「お帰りなさいオーナー」
「おや、紅君。僕の帰りを待っててくれたのですか?」
少し持ってくださいと言わんばかりに腕に抱えた布の束を彼の胸元に突き出す。
それを汲み取ってくれたのか半分以上の束を引き受けてくれた。それと同時に少し呆れを込めたような声で
「当たり前じゃないですか。『ちょっと買出しに行く』って行っておいて・・・今何時だと思ってるんですか」
「あはは。僕そんなこと言ってたのですか?」
数時間前に言っていた事なんて全く覚えていない。むしろ他人事扱いするほど。
それでも、あの時の事は鮮明・・・と言いたいところだが、あまりに儚い印象で最近は夢か幻惑だったのかもと思っている。
――お店のドアから入り、施錠をする。
買ってきた布を倉庫に丁寧にしまい、紅司はそそくさと2階へ向かう。
恐らく先に夕食の支度をしていてくれたのだろう。スープだろうか?ほんのりいい匂いが鼻をくすぐる。
僕はというとその階段を登らず、店内のとある一角へと向かう。
迎えに行かなくては
今まで紅司と作ってきたドール達の中から、僕は1体のドールを優しく抱き上げた。
店内で唯一、衣装も含め1人で生み出した初めてのドール。
他と子と同じように作ったはずなのに、そう見える。 澄んでいるが愁いを感じる赤い目は、僕を真っ直ぐ見つめてくれる。
登ってこない僕に気づいた紅司が、柱からひょっこりと顔を出してきた。
「あれ、オーナー。飯食べないんですか?」
「ん?あぁ・・食べますよ」
紅司に声をかけられ、視線を一旦彼に向ける。 が、応答をした後、すぐにドールに戻してしまった。
それを見かねて紅司がその場から問いかけてきた。
「・・・そういえば、どうしてそのドールだけ売らないのですか?」
売るつもりが無ければ自分の部屋に飾れば良いのでは?と紅司は続ける。
彼の言う通り、僕はこのドールだけはどうあっても売らなかった。
店内に飾っておいて随分時が経っている。その間にこのドールを売って欲しいと言われたことも何度かあった。
それを全て丁重にお断りしていたのだ。
「この子は僕の目が届くところに置いておきたいんです。けれど、一人きりにするのもあれなんで此処に。此処ならお友達がたくさんいるでしょう?」
僕はドールと見つめ合ったまま、紅司に応答した。
「本当は、僕の部屋に閉じ込めて、僕だけを見ているようしたいくらいこの子は愛おしいんです。
でもそれはこの子の為にならない。周りの者とも関わって、この世界の広さや素晴らしさも知って欲しいんです。
かと言って、誰かの手に渡ってしまうのも嫌で・・この子が此処に居ないと僕の心が壊れそうになるんです。」
もはや紅司に言っているのか、ドールに語っているのか分からなくなった。 あるいはどちらでもない、今何処に居るのかも分からないあの人に語っているのかもしれない。
考えれば考えるほど分からなくなる。とりあえずやめておこう。
「あはは・・・すみません、急に。さすがに気持ち悪かったですよね。」
「あ、いや・・上手く言葉にできないですが、よっぽど思い入れが強いドールだったんだなってのは・・。・・・あー、そういえば今日オーナーに会いたいという女性がいらしたのですが。」
「僕に?また珍しいお客さんですね。」
はは、と笑ってみせ、いつもの僕に無理矢理戻ろうとする。
何処にいるか分からない姫君を探せるほど、僕は御伽噺に出てくるような 運命を切り開ける王子様になれるわけがないと悟ったからだろう。
「丁度そのドールの様な特徴の方で・・・名前も伺っておきました。名前は――」
***
僕には御伽噺を御伽噺で終わらせない力はあるのだろうか?
僕は君の王子様になれるのだろうか?
紅くんから君の名前を聞いて、歯車がまた一つ増えた気がした。